本内容は、日本音響学会第153回(2025年春季)研究発表会 において、スペシャルセッションの自動運転4.0に向けた音デザインに係る内容で講演した内容です。
※ 有光 哲彦,特定条件下の完全自動運転に向けた人の安全と安心を調和する音のデザイン,音講論(春),2025.4 * Sound design for harmonizing human safety and security for fully automated driving under specific conditions, by ARIMITSU, Akihiko (FEAT Limited). |
1 はじめに
国内65歳以上の高齢者が占める割合は、増加の傾向にあります。
高齢化に伴う中核症状として、「短期記憶の障害」「認知機能(理解,判断)の低下」「時間感覚(見当識)の喪失」は循環的に進行します。一方、生産年齢人口は減少に転じ、運転手のみならず医療・福祉分野への就労不足となるために、疾病を伴う交通事故の防止は恒常的に必要となります。
さて、自動運転のレベル分けとして、運転タスクの監視が運転手から先進システムへ相転移します。すなわち、運転手の監視下において車線を維持しながら直前を走る車両に付いて車線を越えて走るような高機能化自動運転は、先進システムの監視が人の想定し得る運転タスクすべてを担うように進化します。
自動運転のレベルが高まると共に、人に対する音の安全支援の上に機能的役割も変わります。聴覚や視覚の他、障害の有無や年齢によらないユニバーサル・モビリティを実現するために、自律神経の回復などの機能的な空間としての役割を有した車室内外共に安心できる“ゆとり”音環境の創出が期待されます。
そこで本稿では、車両のみの「限定空間」や車両と人との「混在空間」かつ固定されたルートなどの特定条件下において、人の安全と安心確保を支援するための音のデザインの調和について検討すべき方向性を整理します。
まず、長距離運転時の漫然運転における、従来型の運転タスクを支援する運転手にとって受動的な音のデザインについて振り返ります。
次に、国土交通省による「自動運転車の安全確保に関するガイドライン:自動運行装置の安全設計」に対して、身近な特定条件下における自動運転等事例幾つかを挙げ、乗客と車両周囲の人の活動を支援する音の機能性に基づき、以降の音のデザインに係る課題の顕在化を図ります。
さらに、先進システムと協調する能動的かつ双方向性による音のデザインの役割と新たな機能の方向性について考察します。
2 能動的・双方性の音のデザインへ[1]
従来、人命を運ぶ安全・安心の確保は運転手に委ねられ、聴覚を含む人の感性に基づき快適かつ機能的な音のデザインが実装されています。
近年、安全・安心に対する負担が先進システムに移行します。初期段階では、車線を維持しながら直前の車に付いて走るような単調な運転作業においては、音・振動によって運転タスクの監視が運転手へ受動的に促されました。 更なる完全自動運転への移行となれば、人の注意は軽減されます。
一方、視覚には時空間の死角があります。感性を考慮した車両異常音等を検知するモニタリングを例に[2]、能動的かつ双方向性により感性と先進システムが協調すると、条件次第ではより安全・安心となります。

3 運転手らを支援する機能性音環境[3]
長距離運転時の漫然運転や判断の迷いを支援する、音環境の制御事例を振り返ります。
3.1 音環境による安全のための運転支援機能
運転手に対して、不快に感じにくい周期音を組み合わせ走行音に付加した音の効果を活用した「覚醒水準維持支援」や、車両周囲の危険を光の位置や警報音の音像を定位させて報知する「危険認知支援」は効果的です。
さらに、聴覚のみならず視覚(光、色彩、外観)、触覚(振動、風)等の相互作用によるマルチモダリティ知覚を考慮した音の支援も効果的です。色刺激には、覚醒効果が大きい黄色との組み合わせ、警報音はシート振動との複合刺激の場合で認知性は向上します。
3.2 選択可能な公共性および個人性の音環境
カーオーディオは、スピーカ個々のびびり音の対策を含め、フィルタ調整によりすべての乗客に向けて高臨場感な音響空間がデザインされています。多チャンネルのスピーカ配置を車両ごとに設計すれば、領域別、乗客個人に対して車室内で異なる音場を創造できる多領域音場制御を用いて柔軟に音響空間(機能音や多言語音声)が選択できるようになります。
4 ゆとりを創出する完全自動運転事例
完全自動運転は、天候を含め管理された舗装道路や施設での利用が望ましいです。前述のガイドライン「自動運転車の性能および機能に係る安全設計」「交通参加者に対する安全・安心確保」に対して、以下に音響空間を「限定空間」「混在空間」に分類して、身近な事例を基に人の安全・安心を調和する音のデザインの方向性を探ります。
4.1 【限定空間】自動バレーパーキング
完全自動運転用の駐車場では、運転手は不在で目的の運行が実現されています。システムは突発的な障害物に緊急ブレーキに対応しますが、構内では車両の状態が判別可能な機能的にデザインされた接近通知音の存在が望まれます。
4.2 【混在空間】ゴルフ用カート
時間効率向上のため、相互車両が接触しないようにカート道のガイドに沿って速度制御されます。競技者への接近通知音や人による通報用の無線音声通話が装備されます。音を活用して競技者の集中や健康の管理が求められます。
4.3 【混在空間】グリーンスローモビリティ
時速20 km未満で公道走行可能な小型電動車を活用した小さな移動サービスとして、陸前高田市を例に、観光施設や商業施設、災害公営住宅等を結ぶ新交通手段として期待されます。細かなサービスが求められ、地域ガイドとの創造的なコミュニケーション環境が望まれます。また、車外への接近通知音は、状況に適応的な音コンテンツが必須となります。
5 システムと協調する機能性音環境
運転タスクの監視がシステムに移行すると、注意喚起に向けられていた運転手の働きは軽減され、運転タスクを支援する感性に基づく音のデザインの機能的な役割[3]は進化します。能動的かつ双方向性なシステムに変わり、音環境は状況に応じて選択的となります。
機能を拡張する先進的な技術を以下に示します。
5.1 車両異常音等の音環境モニタリング [2]
運転中には車両の軽微な異音を聴覚で判別できます。機械学習によりエンジン音などの騒音・振動に紛れた異音等を検知するモニタリングの例があります。感性を考慮して定常性および非定常衝撃性の異音等が検知でき、車両故障に対する注意喚起の負担は軽減できます。
5.2 人の健康をつくる音環境[4]
運転中は安全への注意喚起を必要とし、規則正しい生活が阻害されます。時間感覚を喪失する見当識障害等の健康を損ねない音環境の構築が期待されます。体感温度の調整などで自律神経を調和する音のデザインが期待できます。
5.3 創造的なコミュニケーション音環境
音声翻訳技術は完全に実用化されました。多様な音情報で紛れた車室内騒音下においては、音声認識精度にロバストなマイクロホン技術の一層の活躍が期待されます。騒音下で聞き分けられなかった音声が可視化されようになります。
5.4 バリアフリー音環境の構築[1]
音声や音情報の可視化(言語化等)や振動化もまたデザインが必要となります。透明ディスプレイやヘッドマウントディスプレイなどに情報を重畳するAR(拡張現実)は、興味深いです。
おわりに
運行データや車内データがクラウド上に収集され、包括的な大規模演算によりデータの活用とシステムの更新が行われます。受動的な音のデザインは、人の感性と先進システムとの協調による能動的かつ双方向性の安全・安心を調和する、ユニバーサル・モビリティのためのソフトウエア中心のデザインへの移行が期待されます。
参考文献
[1] 有光,小林,多様性が協調するコミュニティ社会の成長に向けて-コミュニティ社会を育む音のデザイン-,音響学会誌,80(11),596-597,2024.
[2] 大山,有光 他,隠れマルコフモデルによるパワートレインの衝撃性異音検知,自動車技術会論文集, 54(2) ,265-270,2023.
[3] 有光,豊かな社会の実現に向けて-マルチモダリティ知覚における機能音のデザイン-,音響学会誌, 74(11),603-607,2018.
[4] 有光,岡本 他,高齢者見守り支援のための認知機能に基づくサウンドデザイン,音講論(秋), 1513-1514,2023.